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2021年8月4日水曜日

二階幹事長在職5年 自派優遇に不満の声 続投布石も 2021/8/3 18:29

 

二階幹事長在職5年 自派優遇に不満の声 続投布石も

自民党・二階俊博幹事長(春名中撮影)
自民党・二階俊博幹事長(春名中撮影)

自民党の二階俊博幹事長の在職期間が3日で5年を迎えた。老練な手腕で安倍晋三前首相、菅義偉首相を支え、歴代最長記録を更新し続ける。一方、党内では自ら率いる二階派(志帥会)を優遇する強引な手法に不満もくすぶり、次の党役員人事で続投するかどうかが焦点となる。

「毎日が全力投球だ。党員・党友の皆さんのご協力のおかげで今日までたどりつくことができた」

二階氏は3日の記者会見でこう述べ、5年間を振り返った。二階氏は平成28年8月に幹事長に就任。昨年9月には政治の師と仰ぐ田中角栄元首相の在職日数を抜いて歴代最長となった。党則改正を主導して安倍氏の総裁連続3選を実現したほか、昨年9月の総裁選では菅政権誕生の流れをつくるなど実績も豊富だ。公明党や東京都の小池百合子知事とのパイプも築く。

ただ、交代を望む声も少なくない。二階派に野党出身議員らを引き込み、選挙区の党公認をめぐって他派閥と摩擦を生むことも目立つ。あるベテラン議員は「二階氏は自分のことばっかりだ」と漏らす。中堅議員は「幹事長が代われば自民党の支持は上がる」と指摘する。

だが、二階氏本人はどこ吹く風だ。次期総裁選での首相再選を早々と打ち出し、秋以降の続投に布石を打つ。二階氏周辺は「菅政権が続く限り二階氏は代えられない」とみる。二階氏は3日の記者会見で「しっかり謙虚に取り組みたい」と話した。

(広池慶一)

2021年8月1日日曜日

7・30総理会見で見えたもの 国民に寄り添えない菅首相に、日本を任せられるのか

 

7・30総理会見で見えたもの 国民に寄り添えない菅首相に、日本を任せられるのか

安積明子政治ジャーナリスト
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覇気もなく(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

東京五輪の最中に感染者が激増

 菅義偉首相は7月30日に会見を開き、東京都と沖縄県に8月22日まで発令されている緊急事態宣言に8月2日から神奈川県、千葉県、埼玉県と大阪府を加え、期間を8月31日までとすることを発表した。同時に京都府、兵庫県、福岡県、石川県と北海道に8月2日から31日までまん延防止等重点措置を実施することを決定。菅首相が「安全・安心」と胸を張った東京五輪の最中だというのに、新型コロナウイルスの感染が止まらないからだ。

 多くの競技が行われる東京都では、7月27日に感染者数2848人を記録。前日の1429人の2倍近くにまで増加した。さらに28日には3177人、29日には3865人を記録。30日には3300人といったん数字は下がったが、上昇傾向にあることは事実だ。全国の感染者数も、7月29日には10698人、30日には10744人と、一日あたり1万人を超えている。

「これまで経験したことのないスピードで、感染が拡大している」

 菅首相は会見の冒頭でこう述べた。

質問と回答がかみ合わず

 なぜコロナは収束しないのか。それは感染力の強いデルタ株が猛威をふるい、全体の7割を占めるまでに至ったからだ。また感染者の多くはワクチン未接種層の20代や30代で、比較的症状が軽いとはいえ、40代50代の重症化数は1月と比較して1.5倍に至っている。味覚障害などの後遺症事例の報告もある。

 にもかかわらず、会見する菅首相にはコロナ禍がなぜか他人事であるように思えた。まずは記者の質問と回答がかみ合っていないのだ。「感染を止めようとする総理のメッセージが届いていないのではないために、国民に危機感が欠如しているのではないか」という北海道新聞の質問に対しては責任についての言及はなく、「オリパラ開催の前提である国民の命と健康は守られてるのか」との問いについては、新型コロナウイルス対策分科会の尾身茂会長に丸投げした。

 国民と危機感を共有するために最も大事なことは何かという質問した文化放送に対しては、「最も大事なことはそれぞれの立場で危機感を持ってもらうことだ」とトートロジー的な回答だった。

 さらに毎日ぶら下がりなどでアピールする必要があるのではないかという問いについては、「かなりの頻度でぶら下がりは行っている」と現状維持の姿勢を示すとともに、「若者に対してはSNS で訴える」と他人事だった。

尾身会長の方が首相らしい?

 むしろ尾身会長の方がよほど国民の気持ちを真剣に考えているとの印象だった。尾身会長は国民の間に「感染対策をしなければならないと思う一方で、社会活動をしたいという(両立しがたい)思いがある」と述べ、「言葉は必要だが、十分ではない。言葉に加えて今まで以上のアクションが必要だ。そのためには政府と自治体が一丸となり、ワクチンや検査の実効性を上げ、どこでも検査ができるということが必要だ」と主張した。

 もっともこれはアメリカの都市部では、すでに昨年に実施されており、日本は周回遅れの印象が強い。そして遅れているのはコロナ対策だけではない。経済においても深刻な後遺症を残す可能性が高いのだ。

世界から立ち遅れる日本

 米国商務省は7月29日、今年4月から6月までのGDPが前期比で6.5%増(速報値)と発表した。4期連続でプラス成長を維持した上、コロナ前の2019年10-12期を上回った。よってアメリカ経済はコロナ禍から立ち直ったと評価して良い。

 またIMFが7月28日に公表した「世界経済見通し」でも、アメリカは0.6ポイント上方修正して7%の成長が見込まれる一方で、日本の成長率は0.5ポイント下方修正した2.8%だった。ユーロ諸国の4.6%と比べても低いが、ワクチン接種が送れる発展途上国の6.3%よりも低いということは衝撃だ。

 理由は国内に資金がまわらず、必要なところに助成が届いていないところにある。事実、アメリカの高成長はバイデン政権が3月に1.9兆ドルの追加経済対策を行った成果でもある。

 一方で日本は2020年に当初に加えて3度の補正で計175兆円の予算を組んだが、30兆円以上を使い残し、翌年に繰り越している。その中には自治体が飲食店に支給する協力金の財源である臨時交付金3.3兆円が含まれる一方で、GoToキャンペーンの使い残しである1.3兆円など、政策の失敗が見受けられるのだ。

 そもそも菅首相が胸を張って主張した「人流の抑制」についても不完全だ。菅首相は会見で都内への車の乗り入れ3割減やテレワークを例に挙げ、「対応している」と述べたが、この日の朝の閣議に丸川珠代五輪担当大臣が交通渋滞のために遅刻した。五輪対応のために交通事情が変化したことが理由だが、その影響を受けたのが五輪担当大臣であったというのは笑うに笑えない話だ。

菅首相の頭は選挙でいっぱい?

 空回りする施策の背景に、迫りくる衆議院の任期と自民党総裁選が見えてくる。菅首相は「総裁として出馬するのは、時機が来れば当然のことだ」と再選に意欲を見せている。しかし内閣支持率は下落する一方で、7月の各社の世論調査では軒並み最低値を更新した。

 「菅首相では戦えない」という声が自民党内で聞こえる一方で、菅首相に代わりそうな有力な候補はまだ出ていない。唯一の頼みが「不甲斐ない野党」であるというのが皮肉だ。野党第一党の立憲民主党も政党支持率は自民党の半分にも及ばず、2009年の民主党のように単独で政権政党に挑もうという意欲もパワーも欠如している。

 なお前年度予算で使い残された30兆円については、「次期衆議院選用にとっておいたのではないか」とも囁かれている。自民党の二階俊博幹事長は7月8日、テレビ番組で30兆円規模の補正予算の編成の必要を主張した。本来なら国民が前年度に享受しなければならなかった予算を、選挙対策として使おうということだ。

 それでも世界の成長にはほど遠い。覇気のない総理会見を見ながら、緊急事態宣言以前に多くの国民はこの国の行方に不安を感じたに違いない。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

安積明子の書籍紹介

五輪強行で日本人が経験する「国体」の2度目の死  政治学者・白井聡

 

五輪強行で日本人が経験する「国体」の2度目の死  政治学者・白井聡

五輪強行で日本人が経験する「国体」の2度目の死  政治学者・白井聡

白井聡氏(C)朝日新聞社

(AERA dot.)


 新型コロナウイルスの感染者が激増する中、開幕が迫る東京五輪。日本はどこへ向かおうとしているのか。気鋭の政治学者・白井聡氏が本誌に緊急寄稿した。


*    *   *
 本年3月に上梓した著書『主権者のいない国』(講談社)で、筆者は新型コロナ禍の下の日本では「統治の崩壊」が進行していることを指摘した。それから約4カ月を経て、東京オリンピック・パラリンピック中止の決断はついに下されず、「統治の崩壊」はその深刻度をいよいよ増してきた。デルタ株による感染拡大第5波は、半ば冗談として囁かれていた「緊急事態宣言下の五輪」を現実のものとしてしまった。そのようななか、朝令暮改は常態化し、数え切れないほどだ。金融機関を通じた飲食店への「圧力」事件は、その最新版である。

 政府が頼みの綱としていたワクチン接種の弾切れは、とりわけ衝撃的だった。河野太郎ワクチン担当大臣は、7月6日に、モデルナ製ワクチンの日本への6月末までの供給量が当初計画の4000万回分から1370万回分へ約6割減少していた、と突然明らかにした。しかも、計画が変更された時期は「正確には覚えていないが、ゴールデンウィーク前くらいじゃないか」とも述べた。この間、政府は「ワクチンは十分あるから接種スピードをあげろ、1日あたり100万回以上を目指せ」というメッセージを恫喝まがいの手段まで用いながら発していた。つまり、政府は供給不足に陥ることを知りながら、無暗矢鱈の接種拡大を進めてきたのである。

 ちなみに、筆者の職場(京都精華大学)でも、大学が申請した職域接種が7月末に始まるとの実施見込みが先月末に通知されたが、7月6日には再度通知があり、延期が告げられた。現時点で具体的日程は定まっていない。ファイザー製ワクチンを用いた地方自治体を通した接種も、弾切れ、急減速を起こしている。政権の掲げた最重点政策からしてこの有様だ。「統治の崩壊」ははっきりと加速している。

 そうしたなかで東京五輪は、菅義偉首相によれば「歴史的な歴史に残る大会」(7月8日の発言)として実施されるべきなのだそうだが、確かに、この大会は戦後日本、いや明治維新以来の近代日本が行き止まりに達したことを表す象徴になるだろう。

 その根拠は、拙著『国体論――菊と星条旗』(2018年、集英社新書)で展開した歴史の反復説にある。戦前期日本は、天皇を国民の父とする家族国家を築いた。通常「天皇制国家」と呼ばれ、当時は「国体」と呼ばれていたこの国家システムは、急速な近代化を図るための装置として機能したが、第2次世界大戦=大東亜戦争によって壊滅する。そのプロセスは、明治期=形成期、大正期=相対的安定期、戦前昭和期=崩壊期の三つの段階に腑分けできる。

 敗戦後、戦前天皇制は、大日本帝国に民主主義が根付かなかった原因であるとGHQによって名指され、天皇の地位は「象徴天皇」へと変更、「国体」は死語となった。筆者が論証したのは、戦後の歴史もまた、「国体」の形成・相対的安定・崩壊の歴史として、つまり戦前日本史の3段階の反復としてとらえうる、ということだ。

 もちろん「戦後の国体」は、戦前のそれと同じものではない。いつの間にか「国体」の頂点は、天皇からアメリカへとすり替わっていたのだ。そうでなければ、「思いやり予算」「トモダチ作戦」など、異常に情緒的な言葉遣いがなされ、ただひたすら「親密さ」がアピールされる日本の対米従属の異様さを説明できない。戦争に負けた結果従わされているという事実を糊塗するために、「愛されている(だから従属・支配関係などない)」という妄想を対米関係の基礎に置いていることが、世界に類を見ない、日本の対米従属の特殊性を成している。

 この「アメリカを頂点とする国体」は、占領期からおよそ1970年代前半までの間に形成・確立された。その後、1990年前後の東西対立崩壊期までの期間では、従属の事実が不可視化される(相対的安定期)が、それは大正デモクラシー期に天皇の存在感が薄くなったのと似ている。そして、大正デモクラシーが社会の根底的な民主化に到達できずにファッショ化の道へと滑り落ちて行った(昭和戦前期)のと同様に、本来は東西対立による余儀なき選択であったはずの対米従属から、東側の脅威が消滅したにもかかわらず脱却できず、逆説的にも対米従属が現在に至るまで強化され続けてきた。

 その結果が、第2次安倍晋三政権・菅政権であり、これらの腐敗・無能・不正に満ちた権力に信任を与え続けてきた日本社会の劣化である。戦後日本の国体化した対米従属は、国際関係の問題である以上に、アメリカの存在を実質的な天皇として機能させることによって、戦前天皇制が半封建的な社会構造を温存せしめたのと同じように、戦後のデモクラシーを内側から腐らせたのだった。

 明治維新(1868年)から大日本帝国の崩壊(1945年)までが、77年間。敗戦から現在までが76年間。間もなく「戦前」と「戦後」の時間量は等しくなる。してみれば、太平洋戦争によって戦前の「国体」が崩壊への道を驀進して行ったのを反復するように、日本の新型コロナ対応は失策に失策を重ねる一方、あの戦争のとき最後の瞬間まで「国体護持」が至上命令とされて犠牲を増やし続けたのと同様に、「東京2020」は他のすべてに優越して守られなければならないものとして、現代日本の支配権力によって強行されようとしている。

 だが、すでにある意味で結果は見えた。この五輪は惨憺たるものに終わるか、最後までやり通すことすらできないだろう。そしてその過程で、現在の日本の政治・経済のエリートたちが運営している統治システムはすでに崩壊している、またそのような支配を是認してきた日本社会全般が無気力・怯懦の極みにあるという現実を、明白に見せつけられるだろう。われわれはいま、「国体」の2度目の死を経験しつつあるのだ。

 さて、周知のように、あの戦争をついに終わらせたのは、昭和天皇の「聖断」だった。国家指導部の誰もが本音では「本土決戦など無理だ」とわかっていたにもかかわらずそれを口にすることができず、決断不能状態に陥るなかで、「誰もしたがらない仕事」を果たす役割は、最後は天皇に振られた。

 その故事に鑑みれば、6月24日に飛び出した西村泰彦宮内庁長官による「天皇陛下は新型コロナウイルスの感染状況を大変心配されている。オリンピック、パラリンピックの開催が、感染拡大につながらないか、ご心配であると拝察している」との発言は、意味深長なものとして現れた。

 この発言に関してはさまざまな論評がなされているが、基本的な事実から押さえておこう。「拝察」は、事実上の天皇のメッセージである。これに対して、菅義偉総理、加藤勝信官房長官ら政府首脳は「西村長官の個人的見解」であるとの受け止めを明らかにした。言い換えれば、西村長官は自分の主観的印象にすぎぬものを「天皇陛下の意思である」と述べたと見なしている、というのだ。仮にそのように認識しているのだとすれば、菅は西村長官を即座に解任しなければならない。案の定と言うべきか、この論点をつめて菅や加藤に問い質したマスコミは皆無であった。政権首脳は言った瞬間から単なる言い逃れにすぎないとわかる言葉を口にし、取り巻き記者たちは誰も追及しない。安倍政権以来お馴染みの光景が展開された。

 もう一つの「案の定」について述べておかねばならない。「五輪の開催の是非という政治的問題について天皇が発言するのは憲法違反だ」という批判が、右派からもリベラル派からも出てきた。この光景も馴染みのものだ。それは2016年夏の天皇(現上皇)の「おことば」に対する反応の反復にほかならないからだ。

 平成時代に安倍政権と天皇・皇后との確執が表面化して以来、政権支持のウヨクが天皇に対し歯牙にもかけない態度をとっている(ほとんど無意識のレベルで彼らにとっての天皇は皇居にいる天皇ではなく、アメリカである)ことにはいまや何ら驚くべきものはないが、今回「憲法違反」を口にしたリベラル派は再び思考停止をさらけ出したと評さねばならない。

「オリンピック、パラリンピックの開催が、感染拡大につながらないか心配だ」というメッセージは、五輪を「やれ」とも「やるな」とも言っていない。国民の誰もが懐いている当然の懸念を述べたものにすぎない。「拝察」は、菅総理による内奏が行なわれてからわずか2日後に出てきた。内奏では東京五輪と新型コロナ対策が話題になったと推せられるが、菅の話に天皇は安心するどころか不安を高められたのであろう。

 そしてそもそも、天皇は東京五輪に対して局外者ではない。天皇は東京五輪の名誉総裁であり、慣例に従えば、開会式で開会を宣言する立場にある。つまり、このまま何の意思表示もしなければ、天皇はこの呪われた大会の加担者に自動的になってしまう。そして、言うまでもなく、五輪は政治的なイベントだ。とりわけこの東京五輪は、安倍・菅政権によって国民の健康リスクを一顧だにせず国威発揚と権力維持の目論見のために利用されてきた。そんな行事に加担することと、感染拡大への懸念を表明することと、どちらが「政治的」なのか。

 もちろん、「懸念」が何らかの政治的効果を持つならば、それは政治的行為になりうる。だが、一人の人間として当然の、悪に加担したくないという意思の表示をも政治的効果の可能性から憲法違反として禁じるべきと考える言論人は、天皇制廃止を真っ直ぐに主張すべきだろう。天皇が何を言っても言わなくても、その存在の政治的意味はゼロにはならないからだ。ところが大方のリベラル派は世論に配慮して「天皇をなくせ」とは言わない。他方で彼らが良識派と世間から見られたい欲望は人一倍強い。かくて、世間への配慮と優等生願望が足し合わされて、「憲法違反」の決まり文句にたどり着く。そこにあるのは、言論の怯懦と頽廃にほかならない。

 「憲法違反」の指摘がクリシェでしかないことへの無自覚は、2016年の「おことば」の意味するところを読み取ろうとする際の思考の怠惰がいまも引き続いていることから生じたものだ。先の天皇にせよ、今上天皇にせよ、自らの言動が「憲法違反」の批判を招きかねないことなど、百も承知しているであろう。そして、このお二人は、折に触れて戦後憲法への心からのコミットメントを表明してきたのであり、その点で、安倍に代表される自称保守派と対極にある。「おことば」でも今回の「懸念」においても、そうした人物が、あえて「憲法違反」と批判されるリスクを冒して発言したのである。その意味は、いままでほとんど論じられてさえいない。

 してみれば、今回、今上天皇が「懸念」を「拝察」させなければならない状況を迎えたのも、あの「おことば」を日本社会が真っ当に受け取らなかった、受け止め損ねた結果なのである。「おことば」は、日本社会の大半から好意的に受け止められたにもかかわらず、そうなのだ。

 当時を思い起こせば、「おことば」の出現によって不意打ちを喰わされたかたちとなった安倍政権は、天皇に復讐した。「おことば」のなかで天皇が「公務縮小によって高齢化問題に対処する」ことを明瞭に否定したにもかかわらず、政権が設置したのは「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」であり、そこに集められた安倍晋三お気に入りの「有識者」たちのあいだでは天皇の考えに対する否定的な言辞が飛び交わされた。

 確かに、日本社会の世論は、こうした安倍政権の対応とは反対に、天皇の譲位の意思を是とした。しかし、その動機は、天皇の長年の働きに対する感謝と高齢者に対する労いでしかなく、「おことば」に滲んでいた強い危機感を察知し、それに応えた結果ではなかった。

 筆者は『国体論』で「おことば」の核心部を次のように分析した。すなわち、「象徴としての役割を果たす」といった表現が繰り返し強調されたが、それは天皇から国民への問い掛けなのだ、と。象徴天皇とは「国民統合」の象徴であり、したがって、日本国民が「統合」を維持しようと望んでいないのならば、「統合の象徴」もあり得ず、天皇は無用になる。そして、その全体が「戦後の国体」の崩壊期たる平成時代は、国民統合が崩れ落ちて行った時代だった。まさにそうした時代の幕引きを意図しつつ、天皇は「皆さんに統合を回復・維持したいという意思はあるのか」と問い掛けたのだった。

 この内容は、民主主義・国民主権体制下での君主の振る舞いとして考え抜かれたものでもあった。「上から」命ずることなく、また単なるロボットでもないとすれば、君主にはどんな存在意義があるのか。どんな言葉で国民に語り掛けることができるのか。「おことば」は一つの答えだった。それは、戦前の天皇制が国民の思考を規制し狭隘化したのとは正反対に、国民に考えさせるきっかけとなりうる内容に満ちていたからである。

 だが、読み取られなかったのは、まさにこの次元だった。国民統合の危機が切実に訴え掛けられたことが認識されたならば、その危機を直視すること、それを克服するためには何が必要なのかを思考すること、そしていまの権力に危機を克服する力がないどころかその元凶であることの認識へと、国民は向かい得たであろう。しかし、長年維持されてきた異形の対米従属レジームによって劣化した社会に生きてきたわれわれには、メッセージの核心を受容するに足る感性が枯渇していたのであった。

 ちなみに、2020年夏に、安倍晋三が体調不良を理由として総理辞任の意思を表明するや否や、コロナ対応への不満から下がり続けていた支持率が大幅上昇したという国民の反応と、「おことば」への反応は軌を一にしている。「長い間お疲れ様でした」とか「体が大変でお気の毒だ」といった感情論しか、そこにはない。マッカーサー元帥の「12歳並み」という評言はまさに正鵠を射ている。言葉の文脈を探り、真偽を見極め、語られずして語られた事柄を受け取るという知的営為は徹底的に不在だ。ゆえに、安倍への「同情」は、天皇への「労い」の茶番的な反復にほかならなかった。
 
 こうして国民の反知性主義を奇貨として安倍から菅へと継承された暗黒の権力体制は今日、己の無能と腐敗をさらけ出しながらただひたすらに自己維持のみを目指しているが、いよいよ自らの壊死した腐肉を支えきれなくなってきている。東京五輪とは、その腐肉に付けられた名前なのだ。この腐肉をゴミ箱に叩き込むことは、われわれが近代日本の奇妙な発明物、「国体」を今度こそ克服するために避けて通れない過程なのである。

■白井聡(しらい・さとし)/1977年、東京都生まれ。京都精華大学国際文化学部人文学科専任講師。専門は政治学、思想史。著書に『主権者のいない国』(講談社) 、『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社)、『国体論―菊と星条旗』(集英社新書)など


※週刊朝日  2021年7月30日号に加筆

COVID19パンデミックで浮き彫りになった政財界の腐敗

 

COVID19パンデミックで浮き彫りになった政財界の腐敗

古谷有希子博士(社会学)
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証人喚問されたNTTの澤田社長と東北新社の中島社長(写真:つのだよしお/アフロ)

日本の政治経済が腐敗まみれだ。街頭犯罪が少ないという意味では日本は一見「平和」な社会だが、政治経済の腐敗は街頭犯罪以上に多くの人を殺している。COVID19パンデミックでは、腐敗の結果として横行したデマで多くの人が命を失ったと考えられる。

政治も経済も腐敗

汚職は腐敗の一部の不法行為だが、腐敗行為自体は倫理的に問題でも現行法では取り締まれないものを多く含む。たとえば、森友学園では、現在のところ佐川元財務局長らの刑事責任は問われていないが、己の職権を利用あるいは示唆して不透明な手続きを進めたことが事実であれば、国民の一部ではなく国民全体、公共の福祉のために仕えるべき国家公務員としての規定・規範を逸脱する行為であり、倫理上の腐敗である。

腐敗は人命を奪い、人権を貶める行為である。2005年に発効した国連腐敗防止条約は序文で「腐敗は社会を多様な形で腐食させる陰湿な疫病である。民主主義と法の支配を弱体化させ、人権侵害をもたらし、市場を歪め、生活の質を侵害し、組織犯罪、テロリズム、および人間の安全保障に対する脅威を広める」と指摘している。

腐敗は人を殺す

腐敗に関与したことで自殺に追い込まれる人がいるのはわかりやすい事例だ。最近では森友文書改ざんを指示されたとする財務省近畿財務局の赤木俊夫さんが自殺に追い込まれ、遺族が国と佐川宣寿元同省理財局長を提訴している。遺族の主張が事実であれば、不正な手続きを指示し、利益を得た人間が彼を殺したようなものだ。

こうしたわかりやすい事例の一方で、腐敗は間接的な形で無数の人を死に追いやっている。

腐敗・汚職の問題は、端的には1)納税者や消費者のお金や機会を盗む行為であり、背信行為であることだが、より問題なのは2)政治、経済、社会のより効率的で公正なあるべき形を歪め、それにより3)中長期的に政治、経済、社会を衰退させること、である。

1の点は言うまでもなく、汚職にかかわった企業や政治家が、自分たちの経済的利益や幸福のために納税者、消費者、職員のものであるはずのお金やあるべき機会を盗んでいるということである。

たとえば、菅義偉首相の長男を使って総務省を接待した東北新社、同じく総務省や自民党幹部を接待したNTT、そしてそれらに応じた総務省職員や自民党幹部は、自分たちの経済的利益のために腐敗行為を行っている。彼らが弁明するように「業務に関する要請や要望は全くなかった」「記憶にない」「勘違い」だとしても、利益相反関係にある者たちが不透明な個人的コネで仲良くお食事会をするような間柄にあること自体、腐敗の温床であり、国民全体の利益のために奉仕すべき政治家、公務員としての背信行為である。

また、森友学園問題は、自分たちの思想に共鳴し自分たちを礼賛する森友学園を承認し、土地を融通することで安倍夫妻が己の承認欲求を満たした、つまり己の幸福のための腐敗行為であったといえる。文書改ざんを指示したとされる佐川元理財局長は、その後で出世を果たしているので、これが事実であれば、腐敗行為によって己の経済的利益と幸福の両方を満たしたといえる。

メディアも腐敗

森友学園問題にしても最近の接待問題にしても、刑事責任が問われるかどうかは捜査中、あるいは裁判進行中であり不明であるが、政治と法曹界もずぶずぶに腐敗している。

安倍元首相が定年延長して検事総長にしようとしていた黒川広務検事長は、賭博罪で略式起訴されている。しかもその賭け麻雀の相手が朝日新聞、産経新聞の社員であったというから、メディアの腐敗も深刻だ。

メディアの腐敗といえば、安倍元首相が各社大手メディア、新聞社を招いて行っていた食事会も指摘すべきだろう。そして、安倍政権は裁判所人事にまで影響を及ぼしていた。

権力の監視人として立法、司法、行政から独立しているべきメディアがその両者と賭け麻雀や食事会などといった、かなりお金のかかる行為で付き合っているというのは、市民に対する倫理上の背信行為であり、これもまた腐敗の一形態である。

政治の腐敗を糾弾すべき立場にある司法、行政、(検察は行政に属すが準司法的性格を持つ)、メディアも腐敗しているので、そもそも正しい情報が報道されているのか、司法が公正な判断を下すのか信頼できない。

メディアも公的機関も信頼できない

そして、腐敗や汚職の重大な問題はまさにこの「信頼できない」不信感を市民の間に広めてしまうことである。

それぞれ独立しているべき立法、行政、司法、メディア、経済が互いに金銭、あるいはより不透明な「友人」関係で繋がっており、それぞれが便宜を図ったりしていれば、それは2)のポイントである、政治、経済、社会のより効率的で公正なあるべき形を歪めることにほかならない。こうして、あるべき形が歪められていけば、市民はそのどれも信頼することができず、結果として問題を解決するために個人的な伝手を頼りに、政治家や経済人に「お願い」をせざるを得ず、さらに腐敗が横行する。そして、3)のポイントである、中長期的な政治、経済、社会の衰退が進んでいくのである。

日本の人々の政治不信は深刻だ。政治に期待している人がいないので、投票率が低い。現在の小選挙区制では選挙区で一人しか当選せず、二位以下の候補者への投票が全く反映されないので、組織票を動員できる自民党が全有権者の四分の一の得票で、議席の7割以上を占有できてしまう。そして、この「組織票」についても、各支持団体と政治家の間に腐敗があるのだから、選挙制度自体が腐敗まみれであり、それで選ばれる政治家も腐敗まみれである。たとえば、自民党の二階幹事長は、選挙応援してくれたら税金で桜を見る会に招待するのは「あったって別にいいんじゃないか」と豪語し、支持団体が「選挙やってくれたら予算つけるのは当たり前」と全く悪びれもせずに言い放っている。

腐敗を腐敗とも認識していない、腐敗した政治家が、腐敗した選挙制度によって選ばれ、司法、経済、メディアとの腐敗をさらに進めていく。市民が問題の深刻さに気づいたときには、それを断罪する手立てすら奪われているかもしれない。

腐敗により社会が衰退し、人が死ぬ

腐敗の最も深刻な問題は、中長期的に政治、経済、社会の衰退が進むことであり、それが無数の人々の命を奪うことである。世界全体で、腐敗により少なくとも100兆円、数百万人の命が直接的、間接的に奪われている。

日本でも、コネ採用、コネ承認、コネ受注によって納税者や消費者から盗んだお金、機会があれば死なずに済んだ人々がどれだけいるのだろうか

腐敗が進むとデマや陰謀論が広まる

腐敗は社会の危機にその猛威を振るう。

メディア、国家機関、経済、そして政治が腐敗していれば、そこからもたらされる情報を信用する人は減る。結果として、それぞれ自分が信じたいものを信じる状況になるので、陰謀論や科学的根拠のない眉唾情報にすがる。

COVID19パンデミックはまさに、こうした人々の政治不信やメディア不信を浮き彫りにするとともに、そもそも政治やメディアが事実として信用できないということを見せつけた。

台湾、韓国、ニュージーランドのように積極的検査を実施していれば、感染拡大や経済被害の長期化を防げたかもしれない。だが日本では、政治、メディア、医師、知識人が世界の成功例と逆行するPCR検査抑制論を主導していた。

市民にはPCR検査抑制が強いられていた一方で、政治家は無症状でもさっさと検査を受けて入院しているのだから、二枚舌であり、政治的権力者は優遇するなど、まさに腐敗である。

一部ではコロナウイルスが中国の研究所で作られただとか、製薬会社が作り出した、などという陰謀論も飛び交っている。しかも社会的権威のある人や知識人にもそれを信じ、デマを拡散しているケースが散見される。

社会にデマが広まり、知識人や専門家までもがそのデマに惑わされるのは、国家機関や政治、メディアが正しい情報を発信し、有効な政策を実施する機能を有していない、あるいは有していないとみなされているからだ

政治、経済、社会に腐敗が蔓延すると、不公正、不公平、非効率、デマが社会の様々な場所で弊害を生み、しかもそれを統治、取り締まりする公的機関にまでそうした弊害が及び、収拾がつかない状況になる。

腐敗を予防する方法は透明性の確保しかない

腐敗を予防する唯一の手立ては、透明性の確保である。透明性を確保するために公文書管理法や情報公開制度があるが、十分に機能しておらず、公文書は改ざんされ、情報は黒塗りで秘匿され、政治とメディアの腐敗の温床とも言うべき記者クラブは、質問すべきことを質問せず、政治家ともども不透明性の確保に執心している。

すでに多くの犠牲者を出しているCOVID19パンデミック関連に限って注視してみても、不透明なものばかりだ。しかもメディアも政治もそれを本気で糾そうとする気配が見られない。

  • アベノマスク納入業者(ユースビオ)はいったいどのような手続きで購入されたのか?誰が決済したのか?
  • なぜ世界の成功例と逆行するPCR抑制論が日本でだけ広まったのか?
  • 予見されていた医療崩壊が起こったのは、医師数不足のせいではないのか?
  • 日本医師会が医師数抑制を指導しているのは、医師間の競争を不当に抑制するためではないのか?
  • 政府が日本医師会の医師数抑制を許しているのは、日本医師会が自民党の支持団体だからではないのか?
  • なぜ政府は、ファイザー社製のワクチンを六回接種可能にするための注射器購入を進めなかったのか?
  • 「医療従事者向け先行接種」の病院はどのように決定されたのか?
  • 接触通知アプリCOCOAの不具合が何か月もの間放置されたのはなぜか?
  • 政府はアプリを開発した企業(パーソル プロセス&テクノロジー)、をどのように選定したのか?
  • なぜ政府はこうした納入業者選定プロセスや契約を開示しないのか?

国際的指数では日本の腐敗度は低い。多数の開発発展途上国、新興国が腐敗指数の平均を押し下げているためである。しかし、腐敗度が低かろうが高かろうが、それが改善されない限り、腐敗の犠牲者は出続ける。このまま日本の政治、政府、経済、メディアの腐敗が改善されることなく、国家やメディアに対する信頼がますます低下すれば、さらに多くの人が腐敗の犠牲として直接的、間接的に命を落とすことになる。すでに政府、政治、メディア、経済に自浄作用は無い。個人が徹底した透明性を求め、声を上げ、戦う以外に、腐敗を防ぐ方法は無い。

博士(社会学)

教育政策、教育統計、社会階層、ジェンダー、労働問題の研究に従事。東京大学大学院総合文化研究科修士課程、メリーランド大学公共政策大学院修士課程、ジョージメイソン大学社会学研究科博士課程修了。2011年より在米。

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主張 相次ぐ疑惑問題 腐敗・劣化の政治を一掃する時

 

主張

相次ぐ疑惑問題

腐敗・劣化の政治を一掃する時

 発足から半年余りたつ菅義偉政権の下で、「政治とカネ」の問題や、各省に広がる接待の疑惑が相次ぎ、国民の不信は高まる一方です。菅首相には自ら疑惑を調査し、国民に説明しようとする姿勢はなく、解明に背を向けています。数々の疑惑の大本には、安倍晋三前政権から続く、政治の腐敗・堕落・劣化があるのは明白です。ゆがんだ政治を根本からただすには、政権交代しかありません。

国民の疑念に応えず

 菅政権は、安倍前政権時代に噴出した「森友・加計」や「桜を見る会」などの疑惑解明に一貫して後ろ向きです。河井克行元法相と案里前参院議員夫妻による大規模買収事件は、選挙をカネで汚した犯罪が裁判で明らかになっている中で、2人の議員辞職で幕引きを企てています。巨額の買収資金の原資となったとみられる自民党本部から提供された1億5000万円の使途が焦点になっているのに、同党の二階俊博幹事長は「他山の石」と居直り、怒りを広げています。菅首相に近い吉川貴盛元農林水産相が起訴された汚職事件についても首相は国民の疑念に答えようとしません。

 安倍前政権の目玉政策であるカジノを中核にした統合型リゾート(IR)事業をめぐる汚職事件で起訴された元担当副大臣・秋元司衆院議員についても、菅首相は人ごとを決め込んでいます。

 菅首相は昨年9月の就任時、「国民の感覚から大きくかけ離れた数多くの当たり前でないことが残っている」「それを見逃さない」といいました。それから半年たつのに、一連の疑惑で国民に丁寧な説明をせず、ふたをしようとしているのは大問題です。

 首相の長男が勤める放送関連会社「東北新社」やNTTによる総務省幹部や大臣など政務三役に対する接待問題は、衛星放送の認可や携帯電話料金の値下げなどで、政治がゆがめられた疑惑が強まっています。同省は首相の影響力が強い官庁です。首相が解明に責任を果たす必要があります。農水省の鶏卵汚職を契機に発覚した幹部職員らへの接待問題もあいまいにできません。関係者の国会招致にも応じず、必要な資料の国会提出を拒む菅政権の態度は重大です。本紙がスクープした宮崎県の学校法人「豊栄学園」による亀岡偉民前文部科学副大臣や藤原誠文科事務次官などに対する接待問題も、解明が不可欠です。

 接待疑惑は、国家公務員倫理規程や大臣規範に違反するだけでなく、職務に関わってくれば、贈収賄につながる可能性があります。口先で「襟を正す」などというのではなく、自ら調査し解明するのは菅首相をはじめ政権の国民への責任です。

政権の責任こそ問われる

 菅政権が提出した23法案1条約に誤りが続出していることは、国会審議を軽視し、形骸化するものです。ことは官僚だけに責任を押し付けることはできません。政権の責任として、深刻に反省し、原因をただすべきです。

 官僚の不祥事は、政治の堕落・劣化と無縁ではありません。政治とカネの疑惑で閣僚の辞任が相次ぎ、国政を私物化した安倍前政権の7年8カ月、その安倍政治の継承を掲げる菅政権の6カ月余が、日本の政治にもたらした重大な弊害をこのままにはできません。


赤城ファイルの暴く政治腐敗

 

赤木ファイル 国民をだました財務省 「トカゲのしっぽ切り」を許すな

末松義規・元首相補佐官
末松義規氏=須藤孝撮影
末松義規氏=須藤孝撮影

 衆院財務金融委員会の野党筆頭理事として、学校法人「森友学園」への国有地売却を巡り、財務省の決裁文書が改ざんされた経緯を記した「赤木ファイル」の国会への開示で政府・与党との交渉に当たった。

国民をだましてきた麻生財務相

 政府は改ざんについて「反省し、再発防止策をとり、処分をした」と言っているが全く反省していない。

 赤木ファイルは改ざんをめぐる最も重要な文書の一つだ。自殺した近畿財務局職員の赤木俊夫さんの妻も、我々も開示を求めていたにもかかわらず、存在自体についてさえ、ずっと認めなかった。麻生太郎財務相自ら、国民をだましてきた。

 裁判所の要請ではじめて存在を認めたが、国会終了後(国会への開示は6月24日。国会閉会は同月16日)に開示するという小細工をしてきた。

 国会をなめている。可能な限り引き延ばし、出すとなっても最後までタイミングをずらそうとする。財務省と与党がグルになって、国民をだましにかかっている。

 一般国民が税務署から書類を出せと言われ、改ざんをし、そして、あるかないかわからないなどと言ったら、どうなるのか。

 なぜ、政府は自分の犯した罪について明らかにしないのか。財務省は表では平身低頭しながら、裏では舌を出している。

核心を隠してきた

 赤木ファイルには「(当時の佐川宣寿理財)局長からの指示により、調書につきましては、現在までの国会答弁を踏まえた上で、作成するよう直接指示がありました」というメールもあった。これまでの財務省の報告書では佐川氏が方向性を示したとしか書いていなかった。「直接指示があった」ことは赤木ファイルで初めて明らかになった。

 「反省して、処分した」というならば、なぜこのことを隠してきたのか。事件発覚後も、真相究明どころか、財務省あげて組織を守ることに躍起になっていたのは明らかだ。

 そもそもこんなとんでもない不祥事を起こしておいて、なぜ財務相は辞任しないのか。国民にはルールを守らせるが、自分たちは守らない。ここが国民が一番、怒っていることだ。

キャリア官僚を守るため黒塗り?

 財務省は改ざんをした前歴がある。赤木ファイルだと言って出してきたものが本当に赤木ファイルのすべてかはこちらには確かめるすべがない。

 我々は財務金融委員会の理事懇談会で、黒塗りの部分も含めて原本と比較してチェックしたいと提案したところ、財務省は拒否した。原本を公開しろと言っているわけではない。財金委理事の限られたメンバー(委員長、与野党筆頭理事の計3人)で確認することがなぜできないのか。

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  ⭐ 高市内閣、支持率は72%で高水準を維持 📈 支持する :72%(前月比+1.2pt) 📉 支持しない :22.8%(前月比−0.6pt) 政権発足以来、 5回連続で支持率70%超え と安定した評価が続いています✨ 🗳️ 衆院選結果、「良かった」が過半数 👍 ...